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全国、あちこちで、あらゆる世代のひとびとが、安保法制に対して、自分の言葉で、自分の思いを語り始めています。
とくに、若い人たちの発する言葉がすてきです。
7月15日梅田駅前で。SEALDsKansaiのともかさんの8分間スピーチ。 https://www.facebook.com/katsunori.matsushita/videos/873955002685296/
(動画をアップしてくださった松下勝則さん、文字起こししてくださった方、ありがとうございます。文字起こしは少し直しました)
こんばんは。今日は私、本当に腹が立ってここに来ました。 国民の過半数が反対してるなかでこれを無理矢理通したという事実は、まぎれもなく独裁です。 だけど私、今この景色に本当に希望を感じてます。大阪駅がこんなに人で埋め尽くされてるのを見るのは、私、初めてです。 この国が独裁を許すのか、民主主義を守りぬくのかは、今私たちの声にかかっています。 先日安倍首相はインターネット番組のなかでこういう例を挙げていました。 「ケンカが強くていつも自分を守ってくれている友達の麻生君がいきなり不良に殴り掛かられた時には一緒に反撃するのはあたりまえですよね」って。ぞっとしました。
このたとえを用いるのであれば、この話の続きはこうなるでしょう。友達が殴りかかられたからと一緒に不良に反撃をすれば、不良はもっと多くの仲間をつれて攻撃をしてくるでしょう。そして暴力の連鎖が生まれ、不必要に周りを巻き込み関係のない人まで命を落とすことになります。 このたとえを用いるのであれば、正解はこうではないでしょうか。なぜ彼らが不良にならなければならなかったのか、そしてなぜ友達の麻生君に殴りかかるようなまねをしたのか、その背景を知りたいと検証し、暴力の連鎖を防ぐために不良が生まれる社会の構造を変えること。それがこの国が果たすべき役割です。 この法案を支持する人たち、あなたたちの言う通りテロの脅威が高まっているのは本当です。 テロリストたちは子どもが教育を受ける権利も、女性が気高く生きる自由も、そして命さえも奪い続けています。 しかし彼らは生まれつきテロリストだったわけではありません。なぜ彼らがテロリストになってしまったのか。その原因と責任は国際社会にもあります。 9.11で3000人の命が奪われたからといってアメリカはそのあと、正義の名のもとに130万人もの人の命を奪いました。残酷なのはテロリストだけではありません。 訳のわからないたとえで国民を騙し、本質をごまかそうとしても私たちは騙されないし、自分の頭でちゃんと考えて行動します。 「日本も守ってもらってばっかりではいけないんだ」と、「戦う勇気を持たなければならないのだ」と安倍さんは言っていました。 だけど私は海外で人を殺すことを肯定する勇気なんてありません。 かけがえのない自衛隊員の命を、国防にすらならないことのために消費できるほど、私は心臓が強くありません。 私は戦争で奪った命をもとに戻すことができない。 空爆で破壊された街を建て直す力もない。 日本の企業がつくった武器で子どもたちが傷ついてもその子たちの未来に私は責任を負えない。 大切な家族を奪われた悲しみを私はこれっぽっちも癒せない。 自分が責任のとれないことを、あの首相のように「私が責任をもって」とか「絶対に」とか「必ずや」とか、威勢のいい言葉でごまかすことなんてできません。 安倍首相、二度と戦争をしないと誓ったこの国の憲法はあなたの独裁を認めはしない。 国民主権も基本的人権の尊重も平和主義も守れないようであれば、あなたはもはやこの国の総理大臣ではありません。 民主主義がここにこうやって生きている限り私たちはあなたを権力の座から引きずり下ろす権利があります。力があります。 あなたはこの夏で辞めることになるし、私たちは来年また戦後71年目を無事に迎えることになるでしょう。 安倍首相、今日、あなたは偉大なことを成し遂げたという誇らしい気持ちでいっぱいかもしれません。けれどそんな束の間の喜びは、この夜、国民の声によって吹き飛ばされることになります。 きのうテレビのニュースで東京の日比谷音楽堂が戦争法案に反対する人でいっぱいになったのを見ました。足腰が弱くなったおじいさんやおばあさんが暑い中わざわざ外に出て震える声でこぶしを突き上げて戦争反対を叫んでいる姿を見ました。この70年間日本が戦争をせずにすんだのはこういう大人たちがいたからです。ずっとこうやって闘ってきてくれた人たちがいたからです。 そして戦争の悲惨さを知っているあの人たちがずっとそうあり続けてきたのはまぎれもなく私の、私たちのためでした。 ここで終わらせるわけにはいかないんです。
私たちは戦後を続けていくんです。
武力では平和を保つ事ができなかったという歴史の反省の上にたち憲法9条という、新しくてもっとも賢明な安全保障のあり方を続けていくんです。 私はこの国が武力を持たずに平和を保つ新しい国家としてのモデルを国際社会に示し続けることを信じます。 いつわりの政治は長くは続きません。 そろそろここで終わりにしましょう。 新しい時代を始めましょう。 2015年7月15日、私は戦争法案の強行採決に反対します。 ありがとうございました。
※このスピーチの元原稿は小原美由紀さんのfacebookに載っています。
<M.I.>
国会議事堂の向かいに、憲政記念館があります。 年末年始と毎月の末日以外は毎日開館しています。入館無料です。 きのう、ちょっと立ち寄って展示をみてみました。 憲政の歴史を概説するVTRもありました。知ってるようで忘れていたことも多かった。戦前や戦後しばらくはテロや暗殺が多かったのだなと、改めて思いました。 政治家は文字通り命をかけて発言し行動していたのですね。 少し驚いたのは、昭和15(1940)年にいわゆる「反軍演説」をして除名処分を受けた斎藤隆夫衆議院議員関連の資料でした。
「反軍演説」について(国会図書館)
「反軍演説」衆議院議事速記録(同)
「反軍演説」削除された部分(同)
斎藤隆夫議員の「反軍演説」に対して全国から激励の手紙が多数寄せられたということで、手紙やハガキ4点が展示されていました。
言論弾圧の厳しい中で、このようにはっきりと自分の思いを届ける人たちが多数いたのか、と思いました。手紙には「一中学生より」とありました。 そのなかから、ハガキ二点を紹介します。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 天ッ晴ナル齋藤代議士 の衷心感賞感謝ス。我々国 民ノ曰ハントスル( )ヲ言ヒ、知ラ ントスル処ヲ質ス。立憲政治下 言論ノ自由ヲ弾圧スル政府ハ国 民ノ敵ナリ。大多数ノ国民ハ 双手ヲアゲテ、サイトウ氏ヲ 支持ス。
※( )のなか、鍵括弧みたいな形 なにの略字かな? ~~~~~~~~~~~ 良心の無いものが 良心を裁く まことに珍風景です 一般国民の責任を 深く恥ぢ入ります。 ~~~~~~~~~~~~ 斎藤氏は、2年後(1942年)の翼賛選挙で高得点を得て衆議院議員に返り咲きます。
<M.I. 東海地方⇔首都圏>
りぼん・ぷろじぇくと『新・戦争のつくりかた』 (2014マガジンハウス)をお持ちの方へ、お知らせです。 『新・戦争のつくりかた』を本棚から取り出して、以下の3箇所を 書き替え、全体を読み直してみてください。審議中の安保関連法案 がどういうものか、くっきり浮かび上がってきます。 =========== p3 ・60年ちかく前に→70年ちかく前に ・戦争のために なにかをしたことがありません→ 戦争のために 直接には なにかをしたことがありません p20 ・「憲法」を書きかえます → 「憲法」を読みかえます ===========
※p3の訂正は、この10年間におきたこと、p20の訂正は、昨年7月1日 の閣議決定とこの法案がどういうものかをあらわしています。その後 に起きることは、p22-27に書かれています。
この3週間法案を読み、先週から始まった国会審議をみてきましたが、 やっぱりこういうことだったのだと感じています。
<M.I. 主婦 東海地方⇔首都圏>