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国会議事堂の向かいに、憲政記念館があります。 年末年始と毎月の末日以外は毎日開館しています。入館無料です。 きのう、ちょっと立ち寄って展示をみてみました。 憲政の歴史を概説するVTRもありました。知ってるようで忘れていたことも多かった。戦前や戦後しばらくはテロや暗殺が多かったのだなと、改めて思いました。 政治家は文字通り命をかけて発言し行動していたのですね。 少し驚いたのは、昭和15(1940)年にいわゆる「反軍演説」をして除名処分を受けた斎藤隆夫衆議院議員関連の資料でした。
「反軍演説」について(国会図書館)
「反軍演説」衆議院議事速記録(同)
「反軍演説」削除された部分(同)
斎藤隆夫議員の「反軍演説」に対して全国から激励の手紙が多数寄せられたということで、手紙やハガキ4点が展示されていました。
言論弾圧の厳しい中で、このようにはっきりと自分の思いを届ける人たちが多数いたのか、と思いました。手紙には「一中学生より」とありました。 そのなかから、ハガキ二点を紹介します。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 天ッ晴ナル齋藤代議士 の衷心感賞感謝ス。我々国 民ノ曰ハントスル( )ヲ言ヒ、知ラ ントスル処ヲ質ス。立憲政治下 言論ノ自由ヲ弾圧スル政府ハ国 民ノ敵ナリ。大多数ノ国民ハ 双手ヲアゲテ、サイトウ氏ヲ 支持ス。
※( )のなか、鍵括弧みたいな形 なにの略字かな? ~~~~~~~~~~~ 良心の無いものが 良心を裁く まことに珍風景です 一般国民の責任を 深く恥ぢ入ります。 ~~~~~~~~~~~~ 斎藤氏は、2年後(1942年)の翼賛選挙で高得点を得て衆議院議員に返り咲きます。
<M.I. 東海地方⇔首都圏>